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来年はみそじー
 雪月も来年はたいぷが養ってくれるらしいので、忙しくなりそうですw。

さて、某まとめサイトに『田舎の「文化の無さ」は異常』という記事がありました。こういった記事を見るたびに、この国を憂う自分が情けなく感じます。

昔の人は、ネットも無く、知識を得るためにはどこぞの先生の下で勉学するか、自身で勉強するかのいずれにせよ、本をよく読み、咀嚼して知識の糧にしてきたのでしょう。ご年配の方とお話をする機会が多かった前職では、「君は○○は読んだかね?」と言ったまるで漫画の台詞のような問いかけを受けることもありましたが、議題になっている事柄の本質を論じるのに、最低限先人が行ってきた考察や議論を自分なりに解釈した上で理論を展開せずには話しにならんよ、と暗に言われているかのようでした。(そのときは偶々読んでいたので良かったですが・・・)。

岩波文庫。高校生の頃には難解すぎてキルケゴール(死にいたる病)は諦めましたが、年を取るにつれ、自分の学の無さを痛感することが多くなり、様々な本を買うようになったのですが、岩波文庫はすごいの一言です。海外の哲学者などの本は原本ではなかなか読めませんし、手軽な値段で読めるのが魅力です。

facebookに料理の写真を投稿している人を指して、どこかの方が「アフリカでは・・・」といった発言をされていました。この一連の投稿を某ニュースサイトが取り上げていて、様々なコメントがありました。また、先日たかじんの・・・で元オウム真理教の上佑さんが出てお話をされていましたが、パネラーの方々の異様さを思ったのは雪月だけだったのでしょうか?オウムを弁護するは訳ではないのですが、「とある状況下で、行いが正しいものとして殺人を犯す」といった状況はオウムに限らず、戦争をしているアメリカにも同じことが言えるのに(テロに屈しないと言う教義のもと、戦争で人を殺しても特に国の代表が批難するぐらいでしかないのは誰でも知ってることだとおもいます)、出てきた人間を、さも自身が健全でいかに正しいかという見せつけの為に批難しているようにしか見えませんでした。テレビに出て発言するだけで、そんなに偉いんでしょうかね?人は人を裁けるほど、崇高な生き物なのでしょうか?

アフリカのくだりから、アメリカの話は、まさにヤスパースの「戦争の罪を問う」という本の中にある、形而上学的罪と道徳的罪にあたる話だと思います。勿論、雪月は神様は信じてないので、ヤスパースの理論展開にいささか相容れないところがありますが。

日本に限らず、食事の前に祈る国は多くあると思います。事、日本では「いただきます」という言葉の内にある意味を考えれば、日本ならではの(美徳ではないが)謙虚さや節度と言った失われつつある概念は、生活に密着し過ぎて気がつかないところに現れていると思います。それも人の営みの中に現れる文化の鱗片ではないでしょうか?

鋼の錬金術師に出てくるホムンクルスの台詞で「人間が・・・」というのがよく出てきますが、グローバル化した世の中、争いも無くならないし、貧富もあります。人は人以上に崇高な生き物ではないと思います。もし、神様がいて本当に願いが叶うなら「早く人類が滅亡しますように」と祈ること間違いなしですw。

雪月 兎 cm:0 tb:0
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