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ぼんぼり祭り
 ぼんぼってない雪月です。

前回の絵馬関連で。らきすたからこっち、町おこし的な用途で、新たなビジネス展開としてのアニメの可能性について。

年末年始は岡田 麿里特集というか、「あの花」とか「花咲くいろは」とか見て過したのですが、花咲くいろはでアニメ中に行われる祭りが、実写化というか、町おこし的なイベントとして行われているらしく、ちゃんと金沢のTV局などでも結構な時間を割いて紹介していました。

世に言う、聖地巡礼の凄い版?みたいな感じですが、こうしたイベントとして具現化する例はあまり記憶にない試みだと思います。雪月がいなくなってから始まった、徳島のマチ★アソビがいい例で、アニメイト(徳島を除く)だった徳島もわざわざこのイベントに参加する人が海外もとい県外から来るのには少し驚きました。

サステイナブル(持続可能な)イベントにするためには…と言うのは置いといて、これだけ成功する要因の1つに脅迫性にも近い、ネットとコミュニティを挙げてみて、それについて考えてみようと思います。

wikiを読むと、聖地巡礼に関する考察がありますが、いかんせん、最近ほとんど頭を使ってないので、考えが浮かんでこずにいるのですが、実際巡礼する(した)人間からすれば、虚構云々は的外れ感が否めません。

ものすごくアバウトな特定しか出来ない場合、すなわちほとんど空想の場所や建物は別ですが、原作である小説にしろ、アニメにしろ、描写のモチーフとなるモデルがある場合、実在するものを書き出すのだから、虚構と呼ぶのはいまいちぴんと来ません。そんなこと言ったら、自分が経験した事以外、全部虚構になってしまうと思います。

というか、そもそもアニメを虚構と思って見てる人は少ないんじゃないでしょうか?
海外の戦争にリアリティを感じられないのと同じで、実際のことでも、虚構に感じることはよくあると思います。そういった「虚構=嘘。すごくリアリティがあってもフェイクに感じる」という認識の下ではなく、現実の延長上にある世界で、あくまでも現実として感じられる場所にて、作品を感じたいという思いが巡礼の基本だと思います。これはアニメに限らず、ドラマでも韓国のロケ地巡りがあるように、あくまで、自分の肌で感じる、見ることにより、作品の世界にいる錯覚を体験し、ヴァーチャルなリアリティではなく、リアリティのあるヴァーチャルを体現することこそ巡礼の基本だと思います。

「輪廻のラグランジェ」と「東方」の2つ例をあげると、最初の2話とほどしか見ていないので、適当ですが、「輪廻のラグランジェ」の場合はSF色が強すぎて、虚構もとい、現実の延長で見れない感がある気がします。ヴァーチャルなリアリティの方です。舞台は実在するのに、ロボとかリアリティがなく、現実から遠くなってしまったパターン。なので、あまり「輪廻のラグランジェ」の巡礼の記事を見ない気がします。

一方「東方」の場合、幻想郷は虚構と知りつつも、現実であって欲しい期待感や好奇心が、神社といった、そもそも虚構を具現化したような場所と密接に繋がっているので、巡礼の対象になりやすく、作品の内容が具現化されていない場所は、聖地巡礼では聞かないなずです。(諏訪神社は分かりやすいですが、紅魔館に行ってきたとかは聞きません。)リアリティのあるヴァーチャルの方です。幻想郷は見当たらないけど、神社や神を祭っているところがあるので、体現しやすい。なので、痛絵馬がいっぱいあるw

さて、ここまで書いていて、wikiの宇野常寛さんの考察とほぼ一致してしまってますがw、書きたいのは一歩進んだ、その本質であり、「何故、リアリティあるヴァーチャルが好まれるのか?」という事を、一部のコミュニティ(平たいところのヲタ)を通じて掘り下げたいのですが、長くなるので次回へw

ただ、聖地となる鍵は、日常性があることだと今回書いていて思ったので、ぶっとんだ世界観で人気を博している作品を反例で考えるために探さなくてはいけません。どなたか、ぶっとんだ作品なのに巡礼されているのを知っていたら教えてください。
あと、ネットの普及により増えた現象だと考えてるので、その反例も欲しいとこです。
詳しくは次回で。











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